店長 石田原 弘さん
父の時代はテーラーを営み、父の代からテーラーに生地を売る紳士服地の卸売業になった。石田原さん自身は大学卒業後、ヨーロッパで服地を扱う会社に入社。その後、総合商社を経て家業である卸売業を継ぐ。そして家業を再び、祖父のころと同じ小売業(テーラー)に戻す。紳士服ひと筋の人生を歩むひとである。
Q:縫製に独自のヒミツはありますか?
これまでのインタビューで、石田原さんからはファッションやファッション業界のお話を沢山お聞きしてきた。同じ時代を生きてきたものとしては、どの話も非常に共感性があり、けっしてノスタルジックではなく、コンテンポラリーな話ばかりだった。さて、今回。少し角度を変えてファッションを支える現場のことをお聞きしてみたくなった。とくにビスポークといえば、服を仕立てる職人さんのことや、この店独自の縫製のヒミツみたいなこともあれば聞いてみたい。職人さんや縫製のことなどを聞くことができる機会はそうそうないので、とても楽しいインタビューになりそうだ。結果的にはのっけから、聞きたいと思っていたことがこちらの素人知識だったことが分かって、じつに新鮮なお話だった。
A:パンツとジャケットの両方の技を習得するほど、人生は長くない。
※作業をしているのは、若き縫製職人 「藤田 貴」
石田原さん:深みのある、おもしろい言葉でしょ。これは、あるベテラン縫製職人さんの言葉です。事実、縫製というものは、パンツを縫うひととジャケットを縫うひとは別々です。うちの場合は九州に工房があり、パートの方をいれて10人ほどがいます。うちのものだけを縫製しているわけではなく、ヨソのテーラーの仕事も受けています。作業は流れ作業的に行います。それぞれがじぶんのパートだけを責任を持って完遂させて次へ送り渡していくスタイルです。いわゆる分業ですね。なぜ分業でやるかというと、職人がひとりでぜんぶを完結させる方式だと、そのひとがなにかでいなくなると、仕事が続かないからです。分業することで、ひとりの人の個性というか、味はなくなるかもしれませんが、品質は安定します。だから、パンツもできる、ジャケットもできるというひとが必要ないのです。パンツは機械を使わず手だけで縫うのは家でもできます。だから、内職でやっていくこともできます。ところがジャケットを縫うためにはいろいろな機械が必要です。そのせいで、内職や個人ではやりにくいんですね。パンツとジャケットでは職人さんが違うというよりは、つくり方そのものが違います。それを評したのが、「パンツとジャケットの両方の技術を習得できるほど、人生は長くない」という言葉なんですよ。とはいえ、親方につかないと習得できませんから、親方がいなくなってしまうと「完全オーダー」はなくなってしまうでしょうね。AIに縫製はできませんからね。やはり高齢化の波には抗えず、いまうちの工房でも最年長は87歳、この道70年という職人さんが2人います。ほかの地方にある縫製施設へ相談に行きましたが、教えるひとも習おうとするひともいなくて無理だと言われました。日本の製造業ではどの分野にも共通の悩みかもしれませんが、とにかく人間がいない。つぎの世代を担っていくひとがいないです。パンツくらいだとまだ1着いくらの外注で凌いでいけるかもしれませんが、ハンドメイドの洋服となるとなかなか難しいでしょうね。そもそもハンドメイドの洋服の市場がいつまであるのか、という時代背景もあります。
ビジネスの場ではどんどんカジュアル化し、オーダースーツを着るのは、たとえばお医者さんが、普段着用している白衣から学会などに出席するために着る場合の衣装ですとか…。特定のクラスのひとたちだけになりつつありますからね。縫製職人だけではなく、採寸できるひと、仮縫いを補正するひともいません。お客さまとの対話がちゃんとできるひともいないですね。かたや価格的にも安くて仮縫いをしないイージーオーダーやパターンオーダーの服の人気は高いです。列をつくっているブランドもあります。洋服というものは平面を立体にするわけですから、わざ(テクニック)が必要です。機械ではできない、手でしかできないことがあります。職人の教育をする機関が必要だと切に思います。メイド・イン・ジャパンのクォリティはまだまだ世界では羨望の的ですから、じぶんでマーケットさえつくっていければ、可能性は広がると思いますよ。いま、流行はない時代です。みんながあっち向いたり、こっち向いたり。これからはフツーの服なんかは注文が来ないでしょう。でも、こんなものをやってほしいというものをつくっていく市場はあるでしょう。少なくてもわれわれの世代やそのつぎまでは大丈夫!

今日の話で興味深かったのは、縫製の職人さんはオールマイティーではなく分業だという点です。聞き方によっては重くなりがちな話も多かったかもしれませんが、とても示唆に富んだ話でした。個人で完結しなくても技術と技術をネットワークしていくようなプロデューサー発想が必要なんでしょうね。そのためにはじぶんの拠り所となるスペシャルな技術を身につけておくこと。そして、必要とされるものをカタチのするための技術をアッセンブリーできるジェネラルな立場のひとになることかもしれません。そこにはまさに“ビスポーク”の姿勢が必要だと思いました。
インタビュー&ライティング 田中有史